朝焼けが夜を薄めていく。
溶けた氷に薄まるブランデーみたいに、ゆっくりと、音も無く。
「えーっと、土方さんがブラックで沖田さんがオレンジ、近藤さんがミルクティ・・・」
がしゃんがしゃんと連続して転がり落ちてきたスチール缶を抱え、山崎は短く欠伸を零す。
その拍子に、自分の為に買ったお茶を落としてしまった。
がつん、と角が曲がる音。
拾おうと屈んだ目の前で、骨ばった男の手が缶を掴む。
視線を上げれば、見事なケツアゴの色男が笑っていた。
「山崎さん、だよね?」
誰に対してもそうなのか、はたまた営業用なのか、真意の読めない笑顔。
『新八』。
本名か源氏名かは知らないが、とにかくそう呼ばれている。
元・歌舞伎町1の売れっ子ホスト。
外国人ホストばかり持てはやされる今は、中国マフィアの下について
歌舞伎町の裏道をのうのうと泳いでいる。
警官である山崎にとっては敵とも味方とも言いがたい存在であるが、
とりあえず今のところは、犯罪には絡んでいないということになっている。
「あ、今晩は。じゃない、おはようございます」
「また徹夜ですか?」
「おかげさまで」
「ああ、昨夜酷かったみたいですね。あちこちでドンパチしてて」
渡された緑茶を抱えながら、山崎はへれりと笑った。
「いやー・・・本当、酷かったです」
「あんなのは序の口ですよ?」
「・・・怖いこと言わないで下さい」
「あはは。相当お疲れみたいだね」
おそらく、いや間違いなく、昨夜の事件のどれかにはかかわっているはずなのに、
新八の顔色は疲れの色もない。
「新八さん、タフですねー・・・」
「いやいや。もう年も年だし、妙ちゃんには散々言われてるんだけど」
「あ、妙さんには上司がいつもご迷惑を」
妙、と言うのは新八の妹だ。
現役を退いてもなおあぶない道をひた走る兄を、ややキツめに案じる可憐な女子高生。
少し前に、歌舞伎町のクラブで働いていたのを補導されている。
上司・近藤が妙にほれ込んでしまい、
犯罪スレスレのアプローチを続けているのは山崎も知っていた。
「ご迷惑そうなんだけど、まぁ、直接手ェ出さなきゃ淫行にはならないしね・・・妙ちゃんがどうしたいのかもあるし」
女に関しては百戦錬磨と言われる新八も、かわいい妹の恋愛事情までは入り込めないらしい。
「淫行って・・・こんな爽やかな朝に何を言ってるんですか」
「山崎さん、年の割りに純情だね。顔赤いよ」
徹夜明けの疲れた肌を、新八の冷たい指がつついた。
「きっ、気持ち悪いことしないで下さいよ!」
「ああごめん。・・・それじゃ、オヤスミ」
スーツを翻して歩き去る新八の後姿。
なんて朝日が似合わない人なんだ、と山崎は苦笑する。
そして、同じくらい朝日が似合わない上司達のことを思い出した。
冷やりとした背筋を誤魔化して、抱えた缶4本を落とさないように走り出す。
「はぁー、まだまだ事後処理だー・・・」
呟いた愚痴は、とろりと朝日に溶けて消えた。