新ちゃんとケンカした。
今日は一緒に映画を見て、新しいイタリアンのお店に行く予定だったのに。
この間はお洋服で許してあげたけど、今回はちょっと許せない。

そんなに、金時さんと神楽姐さんが 好き?

広告の裏に走り書きされた数字の列を、右手の親指で電子音に変える。
呼び出し音。一回、二回、三回。


味気のない着信音が鳴った。
ディスプレイには、非通知の文字。
休日の夕方、ヒマを持て余していた土方は気まぐれに受話ボタンを押す。
「―――もしもし」
『私よ』
精密機械を通して伝わる女の声。
気まぐれを起こしたことを盛大に悔やみながら、土方は低く吐き捨てた。
「そんな名前の女は知らねーな」
正確には、どの女かわからないのだが。
少なくとも最近は、この手の面倒な名乗り方をする女を避けてきたはず。
タバコをくわえ、耳を澄ます。
電話の向こうで覚悟を決めたらしい女が、息を整える気配。

「・・・妙です」

咥えタバコが唇から落ちた。



久しぶりに袖を通した黒いセーターとジーンズ、ヘアワックスの匂い。
一般人の顔で紛れ込んだ人波の中に、立ち尽くす少女を見つける。
どう声をかけるか考えながら近づいたら、先に気づかれた。
「・・・今晩は」
「どーした?不良娘」
「あらお言葉ね、不良警察さんが」
「大声で言うなバカ」

下ろした黒髪が肩をすべり、白いコートに映える。
チェックのミニスカートから伸びた細い足は、制服と同じもののはずなのに
印象がまるで違う。
一度だけ見た、水商売風の化粧とも
見慣れた薄化粧とも違う、黒いアイライン。

妙の歩調に合わせて、いつも見ているものよりは上品なネオンの下を歩く。

「どこで、俺の携帯番号を?」
「さあ?超能力とでも言っておくわ」
「・・・登勢バアだな」

ち、と舌を打つ。
歌舞伎町で1・2を争う老舗クラブの妖怪ババアのことだ。
警察官の携帯番号くらい、簡単に手に入れることが出来るだろう。
そしてその妖怪は、妙の兄やその相棒の面倒を長いこと見てきた人物。
妙とつながりがあっても不思議はない。

「兄貴とケンカでもしたのか?」
「よくわかったわね」
「でなきゃ、俺を誘う気にはならないだろう」
「あら、そんなことないわ」
「そうかよ。なら非通知設定で掛けてくるな」

携帯電話を出すと、土方は先ほどの着信履歴を妙に見せる。

「これじゃ、お前の番号がわからねーだろ」
「だって、教えるつもりは無いもの」

妙は笑って、土方の携帯電話をぱちんと閉じる。

「新ちゃんと一緒にいるときに、貴方から電話がかかってきたりしたら大変だから」
「過保護な兄貴だな」

土方はストラップを指に掛けて、妙と電話を交互に見やった。
妙が不思議そうに見返してくる。

「・・・じゃあ、あんたの携帯番号、いくらで登勢バアから買える?」

見開いた目と、僅かに開いた桜色の唇。
土方は喉の奥で笑い声を殺し、電話をポケットに押し込んだ。

「さて、今からどうす・・・」

言いかけた台詞が途中で切れる。
勢い良く腕を引かれ、近くの狭い路地に引き込まれた。

「なっ、どうし・・・」
「静かに」

妙は唇に人差し指をあて、土方のコートを引っ張り顔を隠した。
急速に、距離が縮まる。
花果実の香り。
茶色いブーツを履いた妙は、いつもより5センチ背が高い。

「何なんだ?オイ」
「・・・学校のお友達よ。男の人と歩いてるところなんて見られたら、面倒だわ」

きゃあきゃあと笑いながら、女子高生のグループが通り過ぎていく。
人工的に作った金髪や茶髪が、夜風に流れてさらさらと音がしそうだ。

「・・・行ったぞ」

小さく告げると、コートの下で安堵のため息。

「隠すようなことか?」
「恋人でもない人と一緒にいたなんて知られたら、おかしな噂が立つわ。そしたら、今度は学校がうるさいのよ?」
「・・・面倒なことで」

やる気無く後頭部を掻く土方に、妙はやわらかく笑う。

「・・・でも、少し意外だったわ」
「何が」

見下ろした瞬間に、トン・と胸を叩く、小さな拳。

「・・・貴方でもドキドキしたりするのね」
「!!」

さっき、路地でコートを引かれた時。
不意打ちの出来事に心臓が跳ねたのは自覚していたが。
まさか、聞こえていたとは。

「・・・とんでもねーこと言いやがるな」
「鉄の心臓だと思ってたわ」
「あれはお前が悪い」
「そうかしら」
「あの状況こそ、兄貴に見られたらマズイだろ」
「そうね。でも新ちゃん、明日の夜までこっちにいないから」

こっち、とは歌舞伎町のことか日本のことかわからないが。
少なくとも、明日の夜まで妙はフリーだということだ。

「土方さん、明日はお休み?」
「バカ言え。・・・でも、今日は一晩中付き合ってやるぜ?」

目を合わせる。
一瞬の駆け引きが散って、妙の手が土方の腕に触れた。

「・・・ありがとう」

妙は呟くように言って、そっと携帯電話の電源を切る。
新八から貰ったストラップが、冷たく音を立てた。



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