リダイヤルを使って電話をかけたら、男が出た。
間違えました、と言って切った。
・・・間違えたはずがない。
だけど、かけ直すこともしない。
いずれかかってくるなんて期待もしない。
土方はマナーモードに切り替えた携帯電話を胸ポケットに戻すと、一人で部屋を出た。
「・・・そう都合よくは、いかねえな」
苦笑と独り言は、タバコの煙に紛れて空に溶けた。
「・・・妙ちゃん、さっき、男の人から電話あったよ」
「えっ?」
風呂上りの妙は、申し訳なさそうに携帯電話を差し出す兄の言葉に耳を疑った。
「勝手に電話にでてゴメンね、登録されてない番号だったから」
そういわれて、納得がいく。
新八はその電話が、妙にしつこく付きまとっている男からだと思ったに違いない。
自分が出れば、多少はその面倒も改善されるだろうと。
しかし妙は、その男からの電話は着信拒否している。
だから、かかってくることはない。
欲しい世話と欲しくない世話を同じ分量でくれる兄。
いつまでも妹離れできないくせに、女の扱いに長けたつもりでいる新八が、妙は不思議で仕方なかった。
「・・・電話、誰からだったの?」
「間違いだって切れたよ」
「そう、じゃあ間違いなんだわ」
新八の手から携帯を奪うと、ドライヤーでサラリと乾いた髪の香りをリビングに残して妙は自室に向かう。
「僕は今から仕事で、明日の昼まで帰れないんだ」
「昨夜聞いたわ」
「・・・せっかくの日曜日だけど」
そのあとは、一緒に入れなくてごめん、と続くのがお約束。
だから妙も笑うことが出来る。
「気をつけてね」
「うん」
「私も明日は出かけるから」
「夕飯は一緒に食べようね」
「ええ」
「気をつけてね」
そんな会話をして、妙は部屋に、新八は外に。
すれ違う兄妹の生活は、そこからが互いの知らない世界。
妙は勉強机に肘をついて、慣れた手つきで携帯電話を操る。
着信履歴の一番初め。
登録されていない数字の列。
呼び出し音、9回。
「・・・もしもし」
「ごめんなさい、間違えたわ」
精一杯演技して言ってみたが、効果はなかった。
機械を通すと少し低く聞こえる声の主を、彼はあっという間に理解する。
いつのまに覚えられてしまったのだろう。
覚えられるほどに、電話を掛け合うようになったのはいつからだろう。
それでも互いの番号をメモリーに登録しない。
だけど、履歴に残る番号が他人に流されて消える前に、どちらかがこうして電話をかけてくる。
「何か御用?」
「用らしい用はない。明日、ヒマなら映画でもと思ってな」
「行くわ」
珍しく即答した妙に、土方は電話の向こうで面食らう。
「兄貴は?さっき電話にでただろう」
「さっき出て行ったわ。それに、私は貴方に会いたいもの」
「・・・何か悪いもん食ったか」
素直な態度の向こうに策略が見える。
いや、本人は策略のつもりなど毛ほどもないのだろう。
同じように、土方にも策略がないように。
「それじゃあ、また」
電話を切ると、土方はタバコの火を地面に押し付けて消した。
吐き出す煙の中に、見慣れた靴が近づいてくる。
「珍しく苦戦してるみたいで嬉しいでさァ」
「・・・苦戦でもねえ」
にや、とキレイな顔を歪ませて笑う沖田に、土方はまずいところを見られたと臍をかんだ。
「神楽の側近の一人、の妹。情報源としちゃあ上等ですぜ。逃す手はねえでさァ」
「・・・まぁ、な」
「利用するのは気がひけますかい?それとも、近藤さんにも言わずに連絡してることが、ですかィ?」
沖田は笑いを浮かべたまま、痛いところを的確に突いてくる。
両方だ、とはとてもいえない。
そもそも、電話の相手を感づいていることが薄ら怖い。
「今夜、神楽が動く」
妙の言葉から推測するに、今夜から明日にかけての取引になるのだろう。
「徹夜で明日のデートに行くつもりですかィ?」
「今日の夜勤は山崎だろ。尻尾掴んで来いっつっとけ」
利用する気なんてない。
電話を鳴らす理由もない。
着信履歴を消すことも登録することも出来ないまま、
鳴り出す無機質な音を待っている。
また逢いたいと口に出すことがはばかれる間は、
どちらも踏み出せない。