ピンヒールとピンクのチャイナ服。
肩に羽織るショールは高価だとわかる手触りで、剥き出しの二の腕を柔らかく包む。
慣れない服装に戸惑いはあるが、鏡に映る自分が別人だという驚きが勝っていた。
「よく似合うアル」
「・・・本当ですか?」
妙は慣れない靴によろめきながら、声の主を振り向いた。
目元に薄く指したパールシャドウが、少女の顔を違えて見せる。
それを満足そうに眺めると、神楽は妙の髪を指で梳いた。
「金時。妙ちゃんの髪結ってあげて」
「へーい」
ブラシとヘアムースをスタンバイしていた金時が、神楽愛用のイスに深く腰掛けた妙の背後に立つ。
「え、何もそこまで」
「やるからには徹底的にやるアル」
けして器用とは言えない動きでブラシを扱う金時を邪魔するように、束ねた黒髪を弄ぶ神楽の指先。
「新八にやらせればもっと綺麗にできるんだけど、ネ」
「あいつにバレたら一大事。・・・だから」

『三人だけの、秘密』
鏡の中で合わせた視線で、言い聞かされる。
妙はただでさえ緊張していた背筋が、さらに硬くなった気がした。

今夜の取引は、新八が一人で行った。
それには理由が二つある。
ひとつは、先方が新八を指名したこと。
もうひとつは、神楽に急用が出来たこと。
「妙ちゃんを危ない目には合わせないから、安心してネ?」
「・・・はい」
頷かざるを得ない、強い瞳で覗き込まれて妙はただ首を縦に振る。
「座ってるだけでいいんですよね?」
「そう、それだけ」
「・・・簡単ですよね?」
「んー、でも緊張はしてなきゃだめヨ」
鼻先に付き立てられた白い指は、きっとこれから罪を犯す。
恐い、と感じるけど、それが彼女の生き方なのだと知っていた。
そういう女性に従う兄は、妹である妙が思うより肝が据わっているのかもしれない。
・・・いや、ホストという職業を選んだ時点で、妙の知らない顔を持っていたのだろう。
それが許せなくて、一時は兄を初めとした夜に生きる連中すべてが嫌いだった時期もある。
今でも、それが覆っているとは思わない。
ただ、兄に内緒でこうして悪事に加担している程度には、馴染んできてしまった。
この街でしか生きられない彼らに、少しずつ惹かれている。
「ほい、いっちょ上がり」
「・・・ありがとうございます」
完成した髪を鏡で確認して、妙はぎこちなく微笑んだ。
強めの赤を射した唇で、意識して神楽の表情を真似てみる。

「・・・覚悟、できてる?」
「ええ」
神楽の問いに答える妙の目は、すっかり魔法にかかっていた。
それを見て金時は感嘆の息を零す。
「・・・妙も、中々に女優じゃねぇの。どっからみても夜の女王様よ?」
「あら、ありがとう」
そのやり取りを見ていた神楽が、おもむろに愛用の傘を手に取った。
黒のコートを纏い、トレードマークのピンクの髪を肩に下ろす。
「それじゃ、打ち合わせどおりにお願いネ。行くよ、金時」
「へーい」
「お気をつけて」
一足先に部屋を出る二人から遅れること10分。
妙は神楽に言われたとおり、高層ホテルのラウンジへ向かった。
こんな所へくるのは初めてで、まして今は一人。
言われるまでもなく、極限まで緊張していた。
今日の妙は、神楽の影武者。
神楽が定期的にここを訪れているのは聞いていたが、それも仕事の一環だと知らされて驚いた。
「私があそこにいるといないとじゃ、悪さをする人の数が違うのヨ」
そう言ってコロコロと笑った神楽の言葉に、信憑性はあまりない。
もっと別の目的があると感づいていた。
それでも、妙は大人しく騙される。
また神楽も、妙がすべて気付いていると察しているだろう。
互いに、それほど愚かではないのだから。
指定された奥のソファを陣取って、地上を見下ろす。
神楽が好んでいる黄金色の液体が運ばれてきたが、口もつけずにテーブルに置いた。
流れる光の列と耳に心地よいピアノの音色。
眠気を誘うはずのそれらに、妙の神経はまったく反応しない。
無意識にショールを撫でると、指先がするりと落ちた。

「宜しいですか?」
「・・・何か?」

かけられた男の声に作った声音で返せば、そこには知った顔。
驚いたその顔の上に、一気に広がる苦渋の色。

「・・・あんた」
「私に御用かしら?」
「・・・あるわけないだろう」

ちっ、と舌打ちして何やら無線で話している。
どうやらここは禁煙らしい。
でなければ、すぐにでもタバコを咥えたいところだろう。
数度しか会っていないが、彼に対してはかなりの愛煙家だという印象をもっている。

「どうかされたんですか?」
「ああ、あんたのお陰で大捕り物がひとつパァだ」
「それはお気の毒」

目一杯、神楽を気取って笑って見せた。
それを見た土方は、ますます苦い顔になる。
「どうしたの?そんなカメムシでも食べたような顔をして」
「変な例えすんな。・・・神楽はどこだ?」
「さぁ?どなたかも知らないわ。私はただ、ここでお酒を飲んでいただけ」
「おい、未成年」
「私が未成年だなんて、どこで知ったのかしら?」

あくまでもシラをきるつもりの妙に、土方は諦めた様相で頭を掻く。
「・・・ったく、手の込んだ逃げ方しやがって」

その呟きで、妙も合点がいった。
神楽は今まで、このラウンジで違法な品物を取引してきたのだろう。
それを嗅ぎつけた警察が、念入りな裏づけの元で今日ここで捕り物を計画した。

しかし、今回は神楽が一枚上手だったということだ。
場所を変えたと知られるのを遅らせるために、妙を定時に送り込んで。

「確かに、危ない目には会わなさそうだわ」
「・・・何だと?」

ギシッ、と音を立ててソファに座りなおす。
『誰かに話しかけられたらゲームオーバー』と伝えられていたから、もう妙の役目は済んだ。
神楽でないことがバレてしまえば、影武者の意味はない。

「これからお暇ですか?」
「・・・はあ?」
「お探しの女性には、すっぽかされたんでしょ?」

戸惑っている土方を見上げた妙の顔は、いつもより強い赤が映える唇で笑って。
土方は黙って、その向かいに座るしかなかった。