やって参りました、日本最西端の島、与那国島。
日本なのに、1日で移動できなかった。
熊本から高速に乗り、石垣島直行便がある福岡空港へ行き、ANAで福岡から石垣島へ。
貯まったANAのマイレージで航空券をゲットしたので、福岡−石垣間は往復ただなのだ(喜)。
石垣島にはPM2:30頃に着いたが、与那国行きの便との乗継が悪い為、
この日は石垣市内にある民宿あさどやに宿泊。
民宿で時間を持て余していると、ある人が原付を貸してくれた(事情は教えない)。
普段1000ccの鉄馬(Bikeの事ね)を駆るおいらには、おもちゃだが、無いよりましである。
一応、白保海岸の近くまで行くが、いまいち場所がよくわからず、時間もなくなってきたので、
石垣市街へそそくさと戻ってきた。
そそくさと引き帰した理由は、手作り館工房・海人で海人(うみんちゅう)Tシャツを買うためだ!
そう、途中で興味は、白保海岸から海人屋さんに向いていたのだ。
友達に呆れられながらも、沖縄本島に来たら国際通りの海人屋さんへ、
石垣に来たら、市内の海人屋さんへ、いつも海人Tシャツを買いに行くのだ。
だって好きなんだもん、しょうがないじゃん。今回は、Tシャツ3枚をゲット(嬉)。
海人のTシャツは、素材が良い。首周りは伸びきらないし、色褪せないし。
あと、カラーバリエーションが多く、またおいら好みの色が多い。
Tシャツ好きのおいらには、たまらんのだ、これが!
これだけ書いておけば、海人屋さんからTシャツ一年分ぐらい送ってくるだろう、たぶん。
かなり脱腸したが、じゃなくて、脱線したが(字が似てた)、この日は民宿でおとなしく過ごすのだった。
実は、今回は初の一人旅。
一人では呑み歩かない性分なので、今回は行動がひじょ〜におとなしいのだ。
翌日の午前中、与那国行きの便に乗って、やっとこさ日本最西端の地に辿り着いた(疲)。
利用したDSは、フロムウエスト。
DSにホテルが併設されており非常に便利である。
また、だだっ広いクラブハウスもあり、ここでホワイトボードを使用したダイビング前のブリーフィング、
夜は泡盛呑みながらのロギングを行うのである。
シャワーや器材洗い場・干し場なども数・スペース的に充実しており、シャワー待ちや器材の洗い待ちで、
ボーっと待っている事も無く、ほんとにゆったりできる施設となっている。
ナイスな施設をどうもです、フロムウエストさん。
与那国に来た理由は、海底遺跡をこの目で見て、人工物なのか?、
それとも自然物なのか?、を確かめたかったからだ。
あと、シーズンが違うので無理とは解かっていたが、あわよくばハンマーに会いたいとも思っていた。
しかしながら、夏場は南風の影響により、島の南側に位置する遺跡ポイントの海況が安定しないという事で、
なかなか潜りに行けなかったのだが、なんとか最終日に潜ることができた。
さぁ、海底遺跡を目の当たりにしてオイラが思うのは、人工物なのか?、それとも自然物なのか?(謎)
それより、与那国の潮流をなめ過ぎてた。あんなに潮が流れるなんて思いもしなかった。
自然の力を思い知らされた今回の与那国Diving。
どんな話が飛び出てくるか、乞うご期待!
最終日、折角なんで、レンタバイク(確か一日借りて、3千円だったと思う)を借りて、
朝早くから島一周の観光を敢行(おい!)。
1周約30kmなので、観光しながらでも、約1時間ぐらいで島1周完了。
途中、西崎、東崎に寄り、与那国馬に軽く挨拶し、また有名な自然の造形芸術品立神岩と軍艦岩を観賞。
ん〜、今思うと島一周して、他に何を見たのか思い出せんなぁ(呆)。


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与那国島7日間:8/15 〜 8/21
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滞在先
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民宿あさどや(石垣市内)/ホテルニューサンライフ(与那国)
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Diving Service
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From West
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Diving Style
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Boat Diving
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Dive本数
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14本
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Diving Spot
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ムーラン、西崎(南の根〜ハンマーヘッドロック)、ピグミーの館
ホワイトワールド、馬鼻ドロップ、ダンヌドロップ、ダンヌ餌付け
離れ岩、遺跡ポイント
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★ 8/16 … ムーラン、西崎(南の根〜ハンマーヘッドロック) ★
この日は、昼から到着ダイブ。2本目に、西崎(”いりざき”と読む)へ。
西崎は、与那国の人気スポットであり、大物を見るにはもってこいのスポットである。
Entryして、ドリフトで流し、南の根を目指す。
南の根に着くとガイドが、『根に捕まれ』とサインを出す。
根に捕まり、根の回りや下を見ると、なにやら大物がいるじゃあ〜りませんか。
ナポレオンだ(たぶん)。粟国島でナポレオンの影らしきものを見たけど、
それ以来のナポちゃんだ。ちょっとナポちゃんまでの距離はあったけど。
『ん〜、ナポレオンですかぁ〜、明日から楽しみだなぁ』っと、のん気なことを考えていたおいらだが、
後日、本当の海の恐ろしさを体験するなんて知る由も無かった(怖)。
★ 8/17 … ピグミーの館、ホワイトワールド、馬鼻ドロップ ★
天気は、快晴。本日の一本目、ピグミーの館。
−30mを超えたところにあるイソバナに居るピグミーシーホースを見に行くのだ。
あまり興味が無かったが、巷ではピグミー、ピグミーって騒いでたので、
流行に遅れをとるわけにも行かず、どんなものか見に行くことにした。
最初、オーナーのTさんがイソバナに居るピグミーの位置を確認し、
Tさんが、その後一人ずつ呼び、ピグミーを指差して教えてくれるというスタイルだ。
日本人は、本当に並ぶのが好きだね。
まさかオーバー30mの海の中で、ピグミー見る為に並ぶとは思いもしなかった(誰も思わんって)。
そもそも、オイラは並んで何かを待つってのがでぇー嫌いなのよん。
そんなに暇を持て余してないっちゅうに。ラーメン屋かなんかで、行列作って待っている光景を目にするけど、
オイラには我慢できんね。だからそういうのには、関わらないよう、近寄らないようにしていたのに、
まさか与那国の海の中で、しかもオーバー30mで…(って、そんな力説するほどのことかぁ?)。
オイラの番になって、目の前のイソバナにいるピグミーをTさんが指差して教えてくれたにもかかわらず、
オイラはピグミーがどこに居るのかわからなかった。
目が悪いオイラには、ちっちゃ過ぎてわからん!(救いようがないな、お前は!)
この日の3本目のポイントは、馬鼻ドロップ。
Entryして、ドリフトしながら、おちゃかなを観賞していた。
ダイビングも中盤に入り、壁を右側にして、水深13〜14mのところを移動していた。
おいらはグループの後方にいた為、先頭を行くガイドと7〜8mほど離れていたが、
ガイドと同じ水深をキープして、いつもと変わらないダイビングを楽しんでいた。
その時、突如、意図しない方へ体が持って行かれ、グループから離れていくのが分かった。
そう、強烈な潮の流れに乗ってしまったのだ。
実は、壁から離れてしまった為、左側を流れていた潮の激流に捕まり、流されたのだ。
流された先で、何とか壁の頂上にしがみつき、潮の流れを正面から受け止めながらも、
前に進もうと懸命にフィンキックするが、既にこいのぼり状態で、一向に前へは進まない。
右手にビデオカメラを持っていた為、左手のみで岩にしがみつくが、
グローブの指先が破れており、指が飛び出している。その状態でしがみついていたので、
岩で指先がザクザクに切られ、緑色の液体(血)が飛び出しているのが見えた。
しかし、痛いなんて言っている場合じゃなかった。早くこの最悪の状況から脱出せねばとの思いから、
指先に力を入れ、前に進もうとするが、潮の流れが強く、また正面からもろに受けていたため、
少しずつ流され、後退している。
右手が使えれば這いつくばりながらなんとか前進できると思い、スナッピーコイル
(BCのフックとビデオカメラを繋げるのに使用しているアクセサリー。コイル状のコードが付いていて、
コードを伸ばした状態やコードを使用せず短くした状態で使用できる。)に繋がっているビデオカメラを放そうとしたが、
コードを伸ばした状態で使用していたので、放したらおいらの足元で
潮の流れをもろに受けたビデオカメラがジタバタと暴れだし、
そのせいで体勢維持が困難になり、しがみついていることもままならず、結果的に流されてしまうのでは?
と思い、ビデオカメラを放すのをやめた。
さぁ、どうしたもんか(困)。
ビデオカメラが繋がっているスナッピーコイルをBCのフックから外す余裕もない。
指も痛くてしょうがない。いっその事この場は流されて、その後浮上し、海上で待っているDSの船に
引き上げてもらった方が良いかも(諦)。
と、ごちゃごちゃ考えていたら、アシスタントガイドが近寄ってきた。
左手だけでは後退するだけだったので、伸ばした状態で使っていたスナッピーコイルを
短く固定した状態にしてくれるよう(この様にするとビデオカメラがジタバタしなくなる)、
アシスタントガイドに頼もうとしたら、ビデオカメラごと持ってくれた(すごい!)。
これで両手が使えるようになったので、這いつくばって、ロッククライミングするかのごとく
左側へ左側へと前進し、なんとか激流ゾーンから逃れることができた。
アシスタントガイドは、おいらのビデオカメラを片手に、もう一方の手で(しかも素手)、
岩をつかみながら移動したのだ。フィンキックが強力なんだろうなぁ、脱帽です。
無事にグループの元に戻ったが、呼吸は、ぜぇぜぇ、はぁはぁ状態。
更に安堵感からか、すこし足がガタガタ震えているのが分かった。
このときのダイブタイムは、28分。平均水深は16.4m。
Entry前、210kg/cm^2あったタンク圧は、40kg/cm^2になっていた。
一分当たりのエアー消費量を計算すると、なんと約23リットル/分(驚)。
おいらの場合、通常12〜13リットル/分だから、
これを見れば、どれだけぜぇぜぇ、はぁはぁ言ってたかわかるでしょ。
こんな強力な潮の流れは初めてだぜぇ、全く。
海は、自然は侮れません。
皆さんも気をつけてください、ガイドと同じ水深、同じコース取りすることを。
アシスタントガイドさん、助けてくれて本当にありがとう。
この日の出来事は、与那国の海の力を思い知らされる単なる序章に過ぎなかった事を誰も知る由はなかった。
★ 8/18 … 西崎(南の根〜ハンマーヘッドロック)(2回)、ムーラン ★
本日の一本目のポイントは、西崎。
天気は快晴。前日の激流事件の精神的後遺症もなく、Entry前からウキウキ状態(楽天家O型の強み)。
Entry前のブリーフィングで、潮流が強いので、カメラやビデオカメラは持って行かないようにと指示があった。
後でわかることだが、言われた通りビデオカメラを持って行かなくて大正解であったのだ。
Entryして、前回と同様、ドリフトで流し、南の根を目指す。
南の根が近づき、ガイドがブリーフィング通り『根の裏側に隠れろ』サインを出して、
みんなで根の裏側に集まり、そこで根の回りや下を見ると、なにやら大物が…。
という予定だったはずが、その予定は大幅に狂ってしまった。
南の根が近づき、ガイドが『根の裏側に隠れろ』サインを出したが、何故か周りのみんなが散らばり始めた。
なんと、南の根のところを激しい潮が流れており、根につかまるどころか、近寄れないのである。
その結果、みんな潮に流され散らばってしまった。
くそったれ、また流されてたまるかと思いながら、あまり無理せず(でも無理してたかも)、
フィンで力強く何度も何度も蹴り続け、おいらは少しずつ流されながらも何とか南の根の裏側に周り、
潮の直撃を回避する事ができた。
途中、ダイバーの吐く泡が海面に向けて上がって行くのではなく、
おいらの目の前を潮に乗って横に流れていくのがたくさん見えた。
潮の影響を全く受けない根の裏側に隠れることができたおいらは、両手両ひざを突いて、
はぁはぁ、ぜぇぜぇ言いながら、とにかく呼吸を整えた。
南の根の正面から潮が流れているので、根の裏側に回り込む事により、
根が潮を正面から受け止める格好となり、根の裏側は全く潮の影響を受けないのである。
予定では、ブリーフィング通り、みんなしてこの根の裏側に隠れるつもりだったのだ。
しかしながら、潮の流れが速く、またコース取り(南の根の裏側に入り込む位置)を誤っていた為、
グループはバラバラになり、流される者、根の裏側に隠れることができた者と分かれる結果となった。
呼吸が整ったところで、根の裏側から顔を出そうとするが、潮の流れに頭が持って行かれそうになり、
全く顔が出せない状態なのである。それほど流れているのである。
根の裏側に居たのは、スタッフ1名、おいらを含めたお客さん3名。
他のお客さんとははぐれてしまい、ここに居ても仕方ない為、スタッフの指示により浮上することにした。
浮上したら、距離はあるが、はぐれたお客さんグループが2つに分かれているのが確認できた。
この時、全員が浮上していたかどうかは分からなかったが、どうやら海中で3つのグループに別れ、
それぞれのグループに1人のスタッフが付いていた事が、後で解った。
3つのグループは、無事に全員、船に引き上げてもらい、大事には至らなかった。
このときのダイブタイムは、なんと、11分。平均水深は19.8m。
Entry前、220kg/cm^2あったタンク圧は、100kg/cm^2になっていた。
一分当たりのエアー消費量を計算すると、なんと約36.6リットル/分(驚)。
これを見れば、前日の激流事件よりどれだけすごいかわかるでしょ。
とんでもない海である。
とか何とか言いながら、この日の3本目もまた西崎というのもすごい。
★ 8/19 … ダンヌドロップ、馬鼻ドロップ、ダンヌ餌付け ★
本日も晴れ。前日の悪夢の後遺症もなく、今日も元気にDiving。
1本目のポイントは、ダンヌドロップ。
前日のブリーフィングで話があった通り、ダンヌドロップでDeep Divingなのだ。
いざ、グランブルーの世界へ。
Entryして、−10m、−20mと潜降していく。天気も良いため、視界も良好。
更に、−30m、−40mと潜降していく。
だだっ広い海の中で、パキンパキンという海の音と、
レギュレーターを介したボコボコボコというバブルの音だけが聞こえる(静)。
−50mを過ぎようとしたところで、耳がうまく抜けなくなった。これが、なかなか抜けてくれない。
耳が痛くなってきたので、仕方なくアシスタントガイドに状況を伝え、その場から少し上昇し、再度耳抜きをトライ。
しかし、それでも抜けてくれなかった。
その間、同じグループのダイバー達は、海底に到着し、あめんぼうの様にあちこちと動き回っている。
その映像を上から見せられたおいらは、早く海底まで潜降したいとあせるばかりであった。
前日の宴会で、泡盛を呑み過ぎたのか(二日酔いはしてなかったけど)、なかなか抜けてくれない。
耳抜きを一生懸命やっている間、アシスタントガイドがおいらと同じ水深を取って、
耳抜き完了を待っていてくれた。5分ほどして、やっとこさ耳が抜けた。
その後は、すいすいと耳抜きもうまくいき、なんとか海底に到着した。
なんと水深60m。
特に窒素酔いした様でもなく、結構正常であったと思う(知らぬ間に窒素酔いってあるから)。
−60mの世界は、曇った日にDivingしているような明るさだったが、
海面を見上げると、太陽がわかるほどの透明度であった。
やっぱり、八重山の海はきれいだね。
残念なことに(?)、−60mの世界には、30秒ぐらいしか居ることができなかった。
減圧停止に時間が掛かるため、ブリーフィングの時点で−60mの世界は5分間と決めていたのだ。
その貴重な30秒間に、ぶりぶり太ったアケボノハゼを見つけた。
実は初めて見るアケボノだった。もっとゆっくり見たかったなぁ。
この後の、減圧停止時間の長い事ったら長い事。退屈でしょうがなかった。
ブルーマリンやら、ジンベイが横切れば、退屈じゃなかったのに。
ダイブタイムは、35分。平均水深は、20.9m。
貴重な体験(?)をしたが、そんな深く潜んなくていいや。
★ 8/20 … 西崎(南の根〜ハンマーヘッドロック)、離れ岩、遺跡ポイント ★
本日は、最終日。楽しい1週間はあっと言う間。
念願の遺跡ポイントに潜れるかどうか、賭けることができる最後の一日。
1本目は、西崎。結局、今回のDivingでは4回、西崎に潜った事になる。
前回のような、激流ではなかったものの、そこそこ流れており、
ローニンアジやマダラタルミの群れなど、結構、大物を見ることができた。
1本目が終わり2本目前の休憩している時に、スタッフがこの日の海の状況を確認したうえで、
3本目に遺跡ポイントに行きましょう!と言ってくれた(喜)。
与那国に来たその日から、スタッフに、遺跡に連れて行け、連れて行けと懇願していたのが、
ようやく実を結んだのだ。
与那国での最後のダイビングが遺跡ポイントとは、古代人のイタズラに近いものを感じた。
そもそも与那国まで足を運んだ動機は、海底遺跡なのである。
海底遺跡を見て、自然物なのか、人工物なのかこの目で確かめることだったのである。
それなのに、遺跡ポイントにはなかなか潜れないは、激流に流されるは、
−60mまで潜っているはで、本来の目的がなかなか達成できなかったのである。
そんなこんなして、本来の目的を思い出させるかの如く、最後の最後で遺跡ポイントの登場なのだ。
さぁ、いよいよ念願の遺跡ポイントにEntryである。
Entryして、最初に目に入ってきたのは城門と呼ばれる人ひとりが通れるくらいのトンネルである。
いくつかの岩が重なって出来ており、自然にできたとは思えないものである。
城門の次に現れたのが、二枚岩。長さ7mほどの平たい岩が2枚、
岸壁に立てかけられるようにそびえ立っている。2枚の岩はぴったりと並んでおり、
意図的に置かれたとしか思いようが無い。

その後、メインテラスから水路へと移動する。
階段状にほぼ直角になっている地形が続き、その地形はどう見ても人工物である。
その後、海亀の岩、拝所を見て周り、最後に御神体へ。
何も無いところにポツンと直径2mぐらいの球状の岩がある。
これが御神体と呼ばれている岩である。なんでこの様なものが、与那国の海底にあるのか?

兎に角、遺跡ポイントを一回りして思い考え、出した結論は、どれもこれも自然物ではなく、
人の手が加えられた人工物であるという事である。
7mほどの巨大な平たい岩2枚、階段状にほぼ直角に切り取られたような岩、
ポツンと置かれた巨大な球状の岩、これらが自然に出来上がったとは到底思えない。また、そう思いたくない。
機械仕掛けの今の世の中で、少しぐらい神秘的なものがあっても、
少しぐらいロマンを求めたっていいじゃない。
かつては陸上にあったであろうこの巨大な古代人の証(建造物)は、今では、このきれいな与那国の海の底で
ひっそりと佇み、ダイビングを楽しむ現代人の為に一役買っていると考えれば、
なかなかニクイ演出をする古代人だと思ったりしない!?
与那国の遺跡ポイントが発見されたのは、1986年の事。地元のダイビングガイドにより発見されたのだ。
切り立った壁、整然と並ぶ階段状の地形などから、自然のものとは思えない異様な雰囲気を感じる。
その後、海底鍾乳洞が発見され、海底遺跡説が高まった。
遺跡ポイントに本格的に調査が入ったのが、1992年の事。琉球大学海底調査団による現在までの調査から、
遺跡ポイントに見られる構造が自然状態ではでき得ないこと、また人工物とすると1万〜9000年、
あるいは、それ以前に建造された可能性があることなどが報告されている。