Diving Log 2004

2004年は、公私共に骨が折れるYearでした!
って、ホントに骨折ってしまった(泣)。

T.悲劇のシパダン U.感激のシパダン

幻のシパダン行き


渡航4日前の4/24(土)の夕方6時から、いつもの居酒屋で楽しく飲んでいた。
その後、2次会に行き、ミッドナイト前には既に泥酔状態。そろそろ帰ろうという事になり、
自転車に乗り、家路を辿る。路地から出てきたオイラは、先の交差点を横断するため、
交差点手前十数mの歩道から車道に入ろうとしたところ、
目が悪いのと暗いのと酔っ払いのせいで、歩道と車道の間にある縁石が見えず、その高さ15cmほどある縁石に
スピード緩める事無く激突!
激突と同時に、オイラの体は車道に放り出され、そして左肩から地面に叩きつけられた。
と同時に、何か尋常じゃないものを左肩を通じて感じた(痛みではない)。
今思えば、骨が折れる音と折れる感触だったと思う。
何が起きたか、瞬時に理解できなかったが、その後、転んだことに気付き、起き上がろうとしたとたん、
左肩に激痛が走った。左肩を押さえ、なんとか歩道に移動し、しゃがみこむ。
左肩を押さえている右手に妙な感触が伝わる。
左肩の鎖骨のところに、あるはずが無いくるぶしの様な出っ張りがあるのだ。
すぐに、事の重大さに気付かされた。


天使の羽が、生えかけてるーーー!(爆)


鎖骨が折れてる…。
周りには誰もおらず、手を貸しに駆け寄ってくる人もいない。
これは呼ぶしかないと思い、携帯を取り出し、ガッチャマンに電話した(爆)。
自ら119番して、救急車を待っている間に、とんでもない事に気がついた。


あーっ!シパダン行きがぁーーーーー!


ついてねぇなぁ、おい…。なんでやねん(泣)。
救急車が到着し、救急車に乗り込むと安心したのか、朦朧としだしたのを憶えている。
『自宅の電話番号は?』と救急隊に聞かれ、『090・・・』と何故か自分の携帯番号を言い、
『そら、俺の携帯番号やん!』と一人ボケツッコミをするほど朦朧(余裕?)としていた。

病院に着き、レントゲンなどの検査が始まった。
車椅子で移動しているとき、看護婦さんに『骨折してますよね?』と聞くと、
『脱臼かもしれないよ!』と言われ、そうであって欲しいと願うものの、
その願いは届く事はなかった。
担当のお医者さんにレントゲン写真を見せられ、開口一番、

『天使の羽が…、』(爆)

左鎖骨骨折と言われてしまった。
折れた骨が異常に出っ張ってたので、お医者さんが、『ちょっと痛いですが、
折れた骨を整えますから』と言って、折れた鎖骨のところをぐいーっと手のひらで押してきた。

『%$#&?!、んがんぐっ、らいしゅうのサザエさんは!』(激爆)

激痛が走り、息が出来なくなるほど苦しくなり、生汗ダラダラ状態。
『はい、OKです』なんて言われた時、オイラは殆ど虫の息状態。
でも、開放骨折するよりはましか!

翌日の日曜日、救急から一般病床に移された。
手術日がなかなか決まらなかったが、それから2日後の火曜の夕方に、突然行うことが決まった。
手術に備え、ヒゲ、脇毛、左腕のいたるところの毛を剃られ、食事、水分摂取もStop!
話を聞くと、全身麻酔をするという。
実は、全身麻酔は今回を入れると2回目になる。
初めて全身麻酔をしたとき、麻酔が覚めた後、
10分おきぐらいに嘔吐を繰り返して全く眠れなかったという苦い経験をしているだけに、
全身麻酔だけは避けて通りたかったが、それは縁石を避け切れなかったゆえ、
当然避けて通ることは出来なかったのである(笑)。
(ホントは、カテーテルがもっとイヤ!)

ところが、術後に目覚めると、気分爽快、お〜い、腹減ったぁ〜、何かくれ〜状態。
この違いは何?
確かに、麻酔の先生と話した時は、
『前回は手術部位が眼だったため、そのような状態になったかもしれないが、今回はそんな事無いでしょう。』
と言っていた。ん〜、何なんだ、いったい…。
まぁいいや、取り敢えず、カテーテル早く取ってくれよ〜、おーい…(痛)。

退院の日が金曜日と決まり、退院まで午前と午後に一本ずつの点滴養生
これといって傷口が痛む事も無く、やることも無いので喫煙所を行ったり来たりのぐ〜たら生活
10時消灯に耐えられず、毎夜毎夜、喫煙所に逃亡し、i-modeでBBSをチェック&書き込み。
こんな生活に耐えられなくなり発狂しそうになったところで、金曜になった。退院である。

入院期間も短く、無事、退院できたが、GWはおとなしく自宅療養となってしまった(悲)。
実は、GW期間に自宅療養するのは2回目なのである。
先にも書いたが、眼を手術した時もGWだった。
休みの期間だけに、仕事に差し支えがないので多少は良かったのかもしれないが、なんか損した気分

損したといえば、今回のシパダンツアーのキャンセル費用である。
入院した日が土曜(渡航四日前)の夜中だったので、翌日の日曜日にツアー会社にキャンセルの件を連絡するものの、
『日曜のためキャンセル処理を行うことが出来ないので、月曜(渡航二日前)にもう一度連絡ください』と言う。
『キャンセル料はどうなる?』と聞くと、
『月曜受付なので、50%になる』とふざけた事をほざきやがった。
とは言うものの、日曜日に受け付けられてもたった1日の差、しかも手術前で噛付く元気も無く、
だんだん面倒くさくなってきたので、しぶしぶ了解した。
おかげで、約10万円、パァ〜でんねん。くそっ!(号泣)
保険ふんだくって、新しいダイビング器材買ってやるぅ〜。
SプロのベストタイプのBCが欲し〜い!(喜)
それとも、縁石を軽く飛び越える自転車買おうかな(爆)。

一緒にシパダンへ行くはずだったいつもの相棒は、キャンセル50%と聞いて、
とお〜いシパダンまで、一人寂しく日本を発って行った。
噂では、最近、マンタハンマーヘッドの大群が出ているとの事。
こんな話聞くと、悔しくてしょうがないが、相棒には良い写真を一杯撮ってきてもらいたいものだ。
まぁ、車道に放り出されても、車と相撲とることなく、
鎖骨骨折程度で済んで良かったと思わなきゃいかんのかな。

しかし、悲しいことに、折れた鎖骨を繋ぐために、現在2本のピン(長さ7〜8cm)が埋め込まれている。
2ヵ月後ぐらいに、これを抜くために、再入院、再手術(しかもまたもや全身麻酔)しなければならないのだ。
2ヵ月後って、7月頭じゃん。はぁ〜、夏休み前までに完治するのだろうか…。
今年のダイビングライフは、海底へのダイビングではなく、気持ちが落ち込む方のダイビングライフになりそうだ…。

がっくし(沈)。

幻のシパダン6日間:4/25 〜 4/30
滞在先 熊本○○病院
Diving Service 整形外科
Diving Style 緊急入院
Dive本数 点滴8本、全身麻酔1本
Diving Spot 救急車、救急病棟、一般病棟、レントゲン室、手術室
喫煙所、ナースステーション(喜)


だいびんぐ三昧のシパダン!(マレーシア)


初めてのシパダンである。
とは言うものの、5月のGWに行くはずであったが、何故かその時はシパダンではなく病院のベッドの上で
おとなしくしていた。
そう、リベンジなのである。今回は無事に何事もなくって言いたいところだが、が、が、
いつも通りのハプニングだらけのドタバタだいびんぐ三昧であった。
今思えば、不吉なことは渡航前から起こりはじめていたのだ。
渡航二日前に財布を紛失するし、日本を発ってからは何度もマレーシア人に間違えられるし、
宿泊先のロッジはゴキブリだらけだし、危険な香港ダイバーはいるし、
帰国後は、現地のダニにやられたせいで病院通いになるし、etc。

でもでも、こんなにいろいろあったけど、ダイビングは楽しかった。
毎朝6時から潜りはじめて、6日間でトータル27本!。閉鎖間近のシパダンを十分満喫(喜)。
ってなわけで、滞在中の一日の過ごし方は以下の通り。

6:00に早朝ダイブ、上がって軽い食事(トースト)。
8:00に2本目、その後遅い朝食(ビュッフェ)。
11:00に3本目で、そのあと昼食(ビュッフェ)。
15:00に4本目で、更におやつタイム(揚げバナナなど)。
17:30に5本目のサンセットダイブで、一日のダイブ終了。
着替えた後、19:00頃からBarにてBeer三昧。
そして20:00から夕食(ビュッフェ)。

時間的に、1日5本がやっと。
潜る、食う、出す、呑む、寝るの5パターンの生活を6日間もやってた(笑)。
精神的に、かなりリフレッシュされたが、肉体的にはグロッキー状態。
でも、楽しかった。また行きたいなぁ、次はマブールか!?

シパダン9日間:10/23 〜 10/30
滞在先 マレーシア・コタキナバル ホテルシャングリラ(1泊)
マレーシア・シパダン島 シパダンロッジ
Diving Service シパダンロッジ
Diving Style Boat Diving & Beach Diving(Self Div.)
Dive本数 だいびんぐ三昧の27本(潜水馬鹿!)
Diving Spot BARACUDA POINT、HANGING GARDEN、DROP OFF、SOUTH POINT、
CORAL GARDEN、WHITE TIP AVENUE、WEST RIDGE、
TURTLE PATCH、STAGHORN CREST

★ 10/23 … 出国、いざコタキナバルへ ★ ミナミハコフグの幼魚

出国当日。午前中、熊本から成田へ移動する。成田発着時は国内移動が入るから、非常に面倒である。
出発一時間前になんとか成田に着き、ボルネオ倶楽部の会員申し込みと搭乗手続きを済ませる。
ボルネオ倶楽部とは、登録手続料の5千円を支払えば、
登録日より2年間、マレーシア航空利用時における10kg分の超過荷物料金を免除してくれるのである。
規定が20kgまでなので、+10kgして計30kgまで超過料金が掛からないのだ。
但し、ダイビング機材が含まれているのが条件である。
まぁ、20kgを超えれば必ず超過料金を取られるわけではないが、この先2年、マレーシア航空を利用することも
あるだろうし、荷物が30kg近くあるので、当てが外れて超過料金ガバッと取られるのもアホくさいので、
リスクミニマムということで申し込んだ。

搭乗ゲートに進み、13:30のマレーシア航空クアラルンプール行きの便に乗りこんだ。
2列の席の通路側に座り、隣の窓側の席におねーちゃんが来るように両手を合わせて祈りまくってたら、
俺よりちょっと若い中国系マレーシア人のおにーちゃんが来た(悲)。祈り方が足りなかったか!?
このおにーちゃん、何か俺が妙に気になるらしく、俺をチラチラ見ながら何か考え込んでいるようだった。
あまり気にせず知らん振りしていたら、突然話しかけてきた

Are you a Malaysian ?

なんとも腹立つヤツである。『ちゃう、日本人じゃボケ!』っと丁寧に教えてあげた(笑)。
とかなんとか言いながらも、クアラルンプールまでの7時間、いろいろと話してしまった(笑)。
マレーシアにある、日本企業の会社員の彼は、会議参加のため日本にやってきたとのことだった。
日本の食べ物が気に入り(寿司が旨かったって言ってた)、
そして出張期間に面倒見てくれた日本人が非常に親切であったと喜んでいた。
『また日本に来たいかい?』と聞くと、二つ返事で『オフコース!』と言ってた(オロナミンCかお前は!?)。
そんな事言われると確かに嬉しいが、よく考えると『二度と来るかこんな島!』なんてこと言うはずないよな…。
このおにーちゃんによると、マレーシアには中国系、インド系、マレー系のマレーシア人がいるとのこと。
やはり、自分の国の言葉が一番得意らしいが、一応みんな、中国語、マレー語、英語の3ヶ国語は話せるらしい。
でも母国語以外は70%の出来と評価していた。
でも3ヶ国語も話せればすごいよなぁ。俺なんか、熊本弁と日本語と赤ちゃん言葉だもんなぁ(笑)。
母国語である日本語なんか、70%にも満たないあるもんな(既に変)。
マレーシア、国際色豊かでなかなかよろしい!(笑)

クアラルンプールに着き、入国審査のところまで、このおにーちゃんと一緒に行った。
クアラルンプール空港はものすごく広く、案内板が少なかったり、あっても文字が小さかったりで、
非常にわかりづらかった。
マレーシア人のおにーちゃんは、目的地がクアラルンプールなので乗り継ぎは必要なく、
俺はコタキナバル行きの国内線に乗り継ぐ必要があった。
一緒に入国審査に向かっていて、『俺もこっちの方向でいいんだろうな?』と聞くと、
またまた『オフコース!』と言い放った(オロナミンCの回し者か、お前は!)。
現地の人間だから信用してついて行き、外国人の入国審査の列に並んで別れた。

ところがである。
どうも雰囲気が違うような気がするのだ。
ツアー会社から受け取った『乗り継ぎの案内』を見ると、やはり違う場所にいるような感じがするのだ。
そこで、入国審査の列を離れ、インフォメーションの係の人に『乗り継ぎする人のイミグレはどこ?』と聞いてみると、

やっぱり、別の入国審査場所を教えてくれたのである。やられた…。

そりゃそうだ、現地の人とはいえ、クアラルンプール在住だから、
マレーシア国外から入国して乗り継ぎなんぞするわけないのだ。
だから、乗り継ぎ者向けの別の入国審査場所があるなんぞ知らんわけよ(泣)。
もし、並んでいた入国審査を抜けていたら、国内線ゲートを探すのにひと苦労だったかもしれないのである。
実は、知り合いがこの入国審査を抜けてしまい、国内線を探すのに苦労したと聞いていたので、
かなり警戒していたのだ。

係の人に教えられたイミグレに行く前に、両替をした。
マレーシアの通貨は、リンギッド。レートは、1リンギット=28.7円
物価が安いのと、滞在先のリゾートでお金を使うことが無いと聞いていたので、
多いかなと思いつつ、1万円分の両替をした。

21:15発のコタキナバル行きの便に乗り、2時間半のフライト。
コタキナバルに着いたのは、日付が変わろうとしている23:50。
熊本を出て3機の飛行機を乗り継ぎ、ようやくここまで来た。
でも明日も早朝6時から、飛行機でタワウへ移動せねばならんのである。シパダンへの移動は明日も続くのだ。
コタキナバル空港に、ホテル−空港間の送迎をしてくれる青年が迎えに来ていた。
良く言えば東山似(少年隊)、悪く言えば西山似(欽ドコ)である(似てるかこの二人?)。
客は俺だけだったので、助手席に座るなり、タバコ吸うなり好きにしてくれと言ってくれた。
なかなか感じの良い青年である。
移動し始めると、あることに気づいた。マレーシアは日本と同じ左側通行なのである。
思わず、へぇボタンを探したが、残念ながらマレーシアでは流行ってないようである(そんなもん流行るか!)。
ホテルに着くと、時間は既に深夜1時前。青年は、早朝6時のフライトに間に合う様、5時にまた迎えに来るという。
帰って寝るのかと聞くと、飯食ってちょっと寝るよと言った。思わず、へぇボタンを…(笑)。
おいおい、早くから飯食っとけよ!そしたらその分寝れるだろうが!
マレーシア、若人精力的でなかなかよろしい!(なんのこっちゃ)

宿泊先(休憩先?)は、ホテルシャングリラ。
青年が迎えに来る早朝5時までの4時間滞在にはもったいないホテルである。
部屋に入り、暫しくつろぐことにした。
っていうか、ピックアップまでのこの4時間をどうしようか考えていた(お前もか、はよ寝れ!)。
テレビをつけてみると、NHKが映った。日本時間の深夜2時(時差は1時間)にニュースをやっている。

ん?地震のニュース?新潟?

そう、新潟の大地震のニュースが流れていたのである。新潟が大変なことになっている!
暫くニュースを見ていたが、何ができるというわけでもないので、水を買いに行くことにした。
ホテルの隣にセブンイレブンがある。
そこで水を買って、ついでにフロントでシーフード屋台街(セドコエリア)の話を聞いた。
ホテルから歩いて5分のところにあって、夜中だけど危険ではないとのことなので、
寝るのはヤメにして、そのシーフード屋台街(セドコエリア)で腹ごしらえすることにした(行動パターンが青年と一緒)。

ホテルを出て5分、大きな広場にシーフード屋台が軒を連ねているのが見えた。
屋台というよりも、オープンカフェスタイルのシーフードレストランといった感じである。
夜中の1時を過ぎているにもかかわらず、お客さんが多い。中には小学生ぐらいの子供たちもいる。
店の前には大きなテレビが置かれ、サッカーの試合が放送されていた。
周りのお客さんはそのテレビを見ながら、サッカーの話をしているようだ。
でも何故かみんな、中川家の礼二(弟)がする中国人の喋り真似をしている。流行っているのだろうか!?
(っていうか、中国人そのものだろ!)。

注文したのは、チャーハン、海老、そしてビール。
そしたら、山盛りのチャーハン、十数尾の海老、そして大瓶のビール!
食えるかぁー、こんなに!俺はデブタレの石ちゃん、松っちゃんか!?
チャーハンは、中華屋さんのチャーハンで美味しかったが、海老は失敗だった。
ただボイルしただけのような感じで味がなく、ちまちまと殻をむくのが面倒なだけだった。
イセエビにすりゃよかった…。そうすりゃ、イセエビだけにイセー良く食べたのに…(笑)。
味付けなど調理法をお願いすれば良かったのかも…。
頑張って食べたけど、ビールも加勢してか全部食べきれなかった。
マレーシア、たくさん食べれてなかなかよろしい!(デブるかも…)。

結局、一睡もとらずにピックアップの時間を迎えることに…。
シパダン旅行記はまだまだ続く。